不妊治療で行う自己注射とは?種類や費用、副作用について解説

不妊治療の選択肢の一つに、自宅で行う自己注射があります。

自己注射を取り入れることで、通院の負担を大きく軽減できるため、働きながら治療を受けている方や育児中の方にとって有効な方法です。

必ずしも全員に必要なものではありませんが、選択肢の一つとして知っておくことは大切です。

ここでは、不妊治療で行う自己注射とはどのようなものか解説します。

不妊治療で行う自己注射とは?

自己注射とは、排卵誘発剤(HMG製剤・FSH製剤)や、排卵を促すLHサージを誘導する注射(hCGなど)を患者自身が自宅で投与する方法です。

特に体外受精では、良好な卵子をより多く得るために、排卵誘発剤を一定期間注射して卵胞を育てるのが一般的です。

排卵誘発剤の注射は、月経がはじまってから約1週間~10日間、卵胞の大きさをエコーで確認しながら使います。この期間中は頻繁な通院が必要です。

「仕事がある」「上の子を見てもらえない」「遠くて頻繁に通院できない」などさまざまな理由から、通院して注射を受けることが困難な方も少なくはありません。

自己注射は自分で排卵誘発剤などを投与する方法なので、通院回数を減らすことができ、生活への支障を最小限に抑えることが可能です。

自己注射を行う場合は安全に実施できるよう、事前に医療機関で手技の指導を受ける必要があります。

不妊治療で自己注射を行う場合のスケジュール

自己注射による排卵誘発剤(HMG/FSH)の投与は、月経がはじまってから約1週間~10日間にわたって行います。

この期間中、卵胞の大きさや子宮内膜の厚さを確認しながら、注射の投与量や頻度を調整していきます。

通常は月経の2~3日目から排卵誘発剤の投与を開始し、数日ごとに超音波検査や採血(エストロゲン値の測定など)を行い、卵胞の発育状況に応じて注射量を調整します。

投与量は、患者さんの年齢・卵巣機能・薬剤への反応性を考慮し、最適な刺激法を選択することが重要です。

卵巣の刺激方法

黄体ホルモン併用調節卵巣刺激法

月経の3~5日目より黄体ホルモン剤と併用して、排卵誘発剤の注射を開始します。

  黄体ホルモンの内服は、採卵日の2日前の夜まで継続する必要があります。

GnRHアンタゴニストを用いた卵巣刺激方法

月経3~5日目より排卵誘発剤の注射を開始します。

卵胞がある程度発育したらGnRHアンタゴニストの投与を開始し、黄体化ホルモンによる排卵を抑える方法です。

GnRHアゴニスト法(ロング法・ショート法・ウルトラロング法)

  黄体化ホルモンの放出による排卵を防ぐ目的で、排卵誘発剤開始前からGnRHアゴニストを使用し、HCG/FSH製剤を連日投与する方法です。

GnRHアゴニストとして点鼻薬を毎日使う方法が基本であり、GnRHアゴニストを使用する期間によってロング法、ショート法、ウルトラロング法などの種類に分けられます。

自然周期法・低卵巣刺激法

内服薬(クロミフェンやレトロゾール)を主体とした排卵誘発法です。内服薬単独の場合もありますが、内服薬に加えてHMG/FSH製剤を隔日(時には連日)注射することもあります。卵巣への負担が少なく、採卵数が限られる一方で、自然に近い周期での治療が可能です。

不妊治療で行う自己注射の種類

hMG/rFSH注射(ゴナドトロピン製剤)

hMG/rFSH注射(ゴナドトロピン製剤)は、卵巣を刺激して卵胞を発育させる排卵誘発の注射です。

卵胞は、脳下垂体から分泌されるゴナドトロピン(FSH及びLH)の内、FSHというホルモンによって発育が進みます。hMG製剤やrFSH製剤には、このFSHを中心としたホルモン成分が含まれており、外部から補うことで卵胞の発育を促進することができます。

rFSH製剤は、遺伝子組換え技術によって精製されたFSH製剤です。高い純度と品質の安定性を備えており、長年にわたり不妊治療の現場で使用されている安全性の高い注射薬です。

一方でhMG製剤は、閉経後の女性の尿から抽出されたFSHとLHを含む製剤で、こちらも長く使われている注射薬です。

いずれも外部からFSHを補うことで、卵胞の発育を促進することができます。製品ごとにFSHとLHの含有比率が異なるため、患者さんの状態に合わせて選択されます。

hMG/rFSH注射は、以下のようなケースでよく用いられます。

  • 経口排卵誘発剤で十分な効果が得られなかった場合
  • 複数の卵胞発育を期待する体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)を実施する場合

ただし、ゴナドトロピン製剤は「卵巣過剰刺激症候群(OHSS)」のリスクを高めることがあるため、医師の厳密な診察のもとで薬剤の種類や投与量を適切に調整する必要があります。

GnRHアンタゴニスト製剤

GnRHアンタゴニスト製剤は、排卵誘発においてhMG製剤やrFSH製剤と併用して使用される注射薬です。この薬剤は、投与開始後すみやかに脳下垂体前葉に作用し、FSH(卵胞刺激ホルモン)やLH(黄体形成ホルモン)の分泌を抑制する働きがあります。

体外受精などでhMG/rFSH製剤を使用して複数の卵胞を育てていると、卵胞の発育にばらつきが生じ、大きな卵胞が先に排卵しそうになることがあります。このとき、脳下垂体からLHが大量に分泌される「LHサージ」が起こると、小さな卵胞の発育を待たずに、成熟した大きな卵胞だけを急いで採卵しなければならなくなります。このような事態を防ぐために、GnRHアンタゴニスト製剤を併用することで、LHサージの発生を抑制し、複数の卵胞が十分に成熟するまで待つことが可能になります。

その結果、質の高い成熟卵をより多く採取できる可能性が高まり、採卵のタイミングもコントロールしやすくなります。

hCG注射

hCG注射は、排卵を誘発するために使用される注射薬です。LHサージ(黄体形成ホルモンの急激な上昇)を人工的に起こす役割があります。卵胞が十分に発育してからhCG注射を行うことで、卵子を受精可能な状態に成熟させ、排卵を促すことができます。

hCG注射に使用される薬剤には、LH様の作用を持つヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が含まれており、体内での自然なLHサージと同様の反応を引き起こします。通常、hCG注射後約36〜40時間で排卵が起こるとされているため、採卵を予定している場合には、採卵の約2日前に医師が指示した時刻にて、正確に注射を行う必要があります。

主なhCG注射薬には、以下のような種類があります。

  • オビドレル:遺伝子組換え型で高純度、ペンタイプで自己注射しやすい設計
  • hCG注射(注射用hCGなど):従来型の注射薬で、筋肉注射で使用されることが多い

最近では、副作用が少なく使用しやすいオビドレルが多くの施設で主に採用されています。

不妊治療で自己注射を選択するメリット

通院の回数を減らせる

排卵誘発にあたって、病院で注射を打つとなると約10日ほど連日通院する必要があります。

これを自己注射に切り替えると、病院に来る必要があるのは、卵胞の育ちをチェックする超音波検査やホルモン検査のときだけとなり、通院回数を通常の約3分の1まで減らすことができます。

注射だけのために来院する必要がなくなることで、通院にかかる移動時間や注射までの待ち時間がなくなるため、仕事やプライベートの時間を調節する必要はありません。

経口薬よりも効果が高い

排卵誘発剤には経口薬と注射薬がありますが、一般的には注射薬の方が刺激が強く、育つ卵胞の数が多くなります。

HMG/FSH注射は経口の排卵誘発剤と比べて効果が強力で、重症の排卵障害でも改善が期待できるため、経口薬で効果が認められない場合や、できるだけ多く卵胞を育てたい場合に使われることが多いです。

一方、経口薬は薬が効いてくるまでに時間がかかり、効果はマイルドです。しっかり排卵誘発させたいときにはやや力不足かもしれません。

体質による薬との相性もあるので、医師と相談しながら負担のない方法を選択しましょう。

不妊治療における自己注射の打ち方

注射を打つ場所は、下腹部(お腹のへそより下)の皮下脂肪の多い部分です。

ペンタイプはダイヤルを合わせて打つだけなので簡単ですが、注射器を使う場合は事前に

薬の詰め方や注射の打ち方を練習する「自己注射勉強会」への参加が必要です。

<注射の打ち方>

① 注射の部位をアルコール綿で消毒をする。

消毒した部位を触ったり、衣服や下着などが消毒した部位に触れたりしないように気をつける。もし触ってしまったら、もう一度アルコール綿で消毒する。

②注射をする

  1. 利き手で注射器を持ち、反対の手で注射をする部位の皮膚をつまむ。
  2. つまんだ皮膚の真ん中に45~90度の角度で針を根元まで刺す。
  3. 血液の逆流がないことを確認後、ゆっくりと内筒を押して薬液を注入する。
  4. すべての薬液が注入できたら針を抜き、注射部位にアルコール綿を当てて押さえる。
  5. 注射部位での出血がないか確認して、絆創膏をはる。出血がある場合は、注射部位を押さえて止血してから絆創膏をはる。

不妊治療で行う自己注射に危険な副作用はある?

自己注射を正しく行っていても、感染や神経の損傷、内出血などを起こすことがあります。

また、自己注射に使用する薬剤に対して、まれにアレルギー反応や過敏症状が現れることがあります。

アレルギー反応の程度は軽症・中等症・重症に分かれ、症状は以下のように分類されます。

軽症注射部位の皮膚が一部赤くなる、軽度のかゆみや消化器症状など
中等症皮膚症状が全身に広がり、我慢できないほどのかゆみ、吐き気や倦怠感を伴うことがある
重症全身症状として強い腹痛、激しい嘔吐、呼吸困難、意識消失などが起こることがあり、アナフィラキシーショックに至る場合もある

また、注射部位に発赤・腫れ・かゆみなどの局所的な皮膚反応が見られることもあります。これらが続く場合には、医師の判断で注射の種類や投与方法の変更を行うことがあります。

なお、呼吸困難や意識障害などの緊急性の高い症状が出た場合は、速やかに救急医療機関を受診してください。

卵巣過剰刺激群(OHSS)について

卵巣過剰刺激症候群(OHSS)は、排卵誘発剤に対する反応が強く出すぎた場合に起こる副作用の一つです。主な症状には、卵巣が腫れる(卵巣腫大)、腹水がたまる、血液が濃縮して血栓ができやすくなるといったものがあり、重症になると入院による管理が必要になることもあります。

特にhCG注射後に発症しやすく、若年者・やせ型・多嚢胞性卵巣(PCOS)の方などではリスクが高くなる傾向があります。OHSSの予防や早期発見のためにも、排卵誘発中は医師による慎重なモニタリングが重要です。

不妊治療で行う自己注射は痛い?

「注射=痛い」というイメージがあるかもしれませんが、自己注射の針は細いので、一般的には痛みを感じにくいです。特にペンタイプは針が細く短いため、痛みが少ない注射です。

また、ポイントを押さえれば痛みが和らぐこともあります。

<注射の痛みの軽減方法>

  • 注射前に保冷剤で注射部位を冷やす
  • 薬剤が冷たい場合は手のひらで少し温めてから注射する
  • 薬液をゆっくり注射する
  • 毎回、注射を打つ部位を変える

不妊治療における自己注射の注意点

指示されたスケジュールを必ず守る

医師に指示された薬剤、投与量であることを必ず確認してください。

体外受精で使うほとんどのHMG/FSH製剤の注射は、時間指定がありません。自分の都合に合わせて、好きなタイミングで打つことができます。

ただし、注射によっては医師からの時間指定がある場合もあります。例えば、アンタゴニストの注射は、作用の持続時間が短いため、同じ時間帯に毎日注射をする必要があります。

また、HCG注射は、注射をしてから排卵するまでの時間は36時間〜40時間前後なので、医師に指示された指定時間通りに打つ必要があります。

温度管理は慎重に行う

ペンタイプ
  • 使用前は、光が当たらないよう2~8℃(冷蔵庫の中)で保管してください。ただし、薬液は凍結させないでください。
  • 使用開始後は、必ず注射針をペンから外し、ペンキャップを付けて25℃以下で光が当たらない場所に保管し、28日以内にご使用ください。

(注射針を外さないと、温度変化により針先から薬液が漏れたり、カートリッジホルダー内に気泡ができることがあります。また、感染の原因になる恐れがあります。)

注射器タイプ
  • 薬剤には冷蔵庫で保存するものと常温で保存するものがあります。指示に従って保存してください。
  • 注射器・針などは、ほこりや汚れが付かない清潔な場所で、濡れないように保管してください。

使用済みの注射は家庭で処分しない

注射器・針・アンプル・バイアルは医療廃棄物です。家庭で一般ごみとして捨てることはできません。必ず、針が露出しない安全な容器(ペットボトル・空き瓶など)に入れてまとめて病院に持ち込んでください。

針を捨てる際は、自分の手に針が刺さらないように注意して、キャップをはめてからペットボトルへ入れてください。なお、注射器の袋・針の袋・アルコール綿・バイアルのキャップ・絆創膏のごみは、家庭の一般ごみとして捨てることができます。

当院における自己注射の費用

自己注射の費用は、どの薬剤を選ぶかや刺激方法、注射回数によって個人差があります。

また、保険適用されるかどうかもでも大きく変わってきます。一例として、卵巣刺激中の注射薬剤の費用は以下が目安です。

・保険適用の場合:平均1万〜3万円ほど
・自費診療の場合:平均1万〜8万円ほど

自己注射に関するよくある質問

Q.注射は毎日打つのですか?

注射を打つ頻度は刺激方法によって違います。

また、体外受精を成功させるためには、成熟した卵子を数多く採取する必要があり、ホルモン注射を1週間から2週間にわたって、毎日のように行うケースもあります。

注射の頻度や期間は、個人により刺激方法が違うので一概には言えませんが、より卵胞を成熟させるためには毎日行うというケースが多いのが現状です。

Q.注射を打つ時間帯に指定はありますか?

体外受精のためのほとんどの排卵誘発剤の場合、時間指定はありません。自分の都合に合わせて、好きなタイミングで打つことができます。

ただし、注射薬の中には決められた時間に打たなければいけないものもあります。

打ち忘れた場合や、指定された時間を守らず違う時間に打ってしまった場合は、排卵のタイミングがずれて採卵できなくなることがあります。医師から時間指定された場合は、必ず時間を守って注射を打つようにしてください。

Q.パートナーに注射を打ってもらっても大丈夫ですか?

自己注射はご自分で打っていただくのが基本ですが、ご主人(パートナー)に打ってもらうことは可能です。

Q.どうしても注射が怖い場合、対策はありますか?

注射のタイプを選択できる場合、ペン型を選択すると、怖さを軽減できる可能性があります。ペン型の自己注射は使いやすいだけでなく、細い針を使用するので針への抵抗感も感じにくく、痛みが少ないというメリットがあります。
普通の注射と同じ程度の痛みを想像するかもしれませんが。自己注射ペンは普通の注射と比べてかなり軽い痛みですみます。

また、初めて自己注射を打つときは、少しでも不安の解消につながるように看護師がそばで指導しますのでご安心ください。
どうしても自己注射が難しい場合は、無理せずスタッフに相談してください。

Q.注射を打つのを忘れてしまったらどうすればいいですか?

卵胞の発育状況を確認してスケジュールの見直しを行う必要があるので、まずは病院に連絡してください。。

Q.液をこぼしてしまったときはどうすればいいですか?

こぼれた量によって対処が異なります。まずは、病院に連絡してください。。

当院の自己注射について

当院では、患者さま一人ひとりが安心して自己注射に取り組めるよう、丁寧で実践的なサポート体制を整えています。

注射が苦手な方や、自分で打つことに不安を感じている方に対しても、「一人ではない」と感じられるようなサポートを提供しています。初めての方には、看護師が丁寧に寄り添いながら、安全な手技をしっかりと指導いたします。

なお、自己注射は決して強制ではありません。どうしても不安がある場合やご希望がある場合は、通院による注射にも柔軟に対応しております。お気軽にご相談ください。